以前の記事】で、「人間は記憶でできている」と述べました。

過去の嬉しかったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、だまされたこと、ほめられたこと、辛かったこと、痛かったことなど、無数の出来事の記憶は、すべてあなたの中に保存されているのです。

いわば、細胞に刻み込まれているのです。このような記憶は、言葉を換えれば「潜在意識」とも呼べます。

また、この記憶は昔から宗教などで「業」や「カルマ」と呼ばれてきたものに相当します。本書では伝統的に深い意味を込められて使われてきた「業(カルマ)」という言葉を用います。

日本語で「あの人は業の深い人だ」と言うことがありますが、その「業」です。

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潜在意識とは

つまり、私たちの心は、地層でたとえるならば、まず「頭」という観念の層があり、その下に「業」という潜在意識の層があるという二層構造になっているのです。

そして、この業の心には、普段は意識されないような過去の膨大な記憶が刻み込まれています。

その記憶は、私たちの外界(心という内界に対し、目に見える外側の世界)に、その記憶が刻み込まれた時に体験したことと似たような状況が現れた時、その刺激によって引き出され、ふと頭に湧き上がってきます。

この反応は、ほとんど自動的に起こります。つまり、先に話した、ふと湧き上がってくる「すでに思っている心」は、まさにこの「業」、「カルマ」といった過去の記憶から来るのです。

今、この記事をあなたが読んでいる瞬間も、この業の記憶が湧き上がってきています。

潜在意識に刻み込まれた記憶

もし、過去に心理や精神世界についての本を読んで元気づけられたり勇気づけられたりしたことがあれば「この本も元気を与えてくれるだろう」といった思いが湧いてきます。

人によって皆、違う思いが今この瞬間も湧き上がってきています。今、あなたの心にどういう思いが湧いてきているか、見つめてみてください。それがまさに過去の記憶、業によるあなたの反応です。

そして、この記憶は、頭で自覚的に覚えている記憶より格段に力が強いのです。ですから、業の心に、マイナスの記憶が多ければ、当然そのマイナスの業に支配された心が出来事の捉え方やそれに対する反応に表れてくるわけです。

たとえば、過去に人前で話をして失敗して大恥をかいた記憶が刻まれると、スピーチを頼まれる度にその苦い記憶がよみがえって、また失敗を繰り返す場合があります。

「あがるまい、あがるまい」と自己暗示をかけたところで、過去の体験に伴って心に深く刻み込まれた心の強さにはかないません。

また、たとえば女性が若い頃に父親に強烈な恨みを持つと、一生涯、男性不信になってしまう場合もあります。

このような、過去の忌まわしい体験などの強烈な心の傷を、心理学では「トラウマ(精神的外傷)」といいます。これも業のレベルに刻み込まれた記憶だと理解できるのです。

そして、過去の記憶であるこの業の心が、外界(現実世界)の出来事に対するあなたの反応を決め、あなたの人生を決定しているのです。

「だからこそ、この潜在意識である「業」という過去の記憶に手を付けなければ、人生の問題の根本解決は不可能なのです。

インプットの限界

「ならば、この潜在意識に強く刻み込まれるほど徹底的にプラス思考をインプットして植え付ければよいのではないか」と思われる向きもあるかもしれませんが、結局、プラスのインプットは逆効果しかもたらさないことが多いのです。

よく、潜在意識にインプットするために、精神状態を落ち着かせ、呼吸法をつかったり瞑想をしたり、また脳波の状態を、記憶に適した状態にコントロールしてから、プラス思考を何度も反復する手法がとられます。

「たしかに、頭の記憶には効果的にプラス思考が刻まれるかもしれませんが、頭の中がプラス思考の塊になるだけで、業の部分にはほとんど影響がありません。

仮にあなたが、数ヶ月にわたり一心不乱にプラス思考を何度も反復することで頭にインプットしたとします。しかし、その記憶は、あなたのこれまでの数十年の人生で刻まれた記憶、そしてさらには、先祖代々、前世からも延々と引き継いでいる何千年、何億年の記憶と比較したならば、あたかも大海に垂らした一滴のインクのようなものに過ぎないのです。

インプットの弊害

また、業の心に刻まれた過去の記憶がマイナスばかりなのに、頭の知識がプラスになると、心の奥はマイナスのまま、頭だけがプラスという状態になります。この状態の危険性は、頭を道具にたとえるとわかります。

たとえば包丁という道具があります。包丁は、研げば研ぐほど、切れ味が鋭くなっていきます。この包丁を、愛と感謝に満たされた、プラスの心をもった人が使うと、どういう結果になるでしょうか。きっと、愛情のこもった美味しい料理、という結果につながるでしょう。

しかし、恨みや憎しみばかりのマイナスの心の人が使ったらどうでしょうか。もしかしたら、他人を傷つけるという結果になる可能性もあるのです。

どんなによい道具でも、どういう心でそれを使うかによって、まったく違う結果になってしまうのです。

では、「プラス思考」という道具を「マイナスの心」で使うとどうなるでしょうか。

結果は「人を裁く」か「自分を裁く」という行動につながってしまいます。「あいつらは、自分が知っているプラスの生き方をしていない。なんてレベルが低いんだ……」と他人を責めたり、「私は、こんなにすばらしい愛と感謝の教えを勉強しているのに、いつになっても結果が出ない。なんて自分は駄目なんだ……」と自分を責めたりするのです。

「このことは、正反対のようですが、その性質はまったく同じです。矢印の向きが逆になっただけの話です。つまり、包丁を手にして他人を傷つけるか、自分を傷つけるか、いずれにしてもその包丁の切れ味が鋭ければ鋭いほど、マイナスの結果につながってしまうのです。

道具を使う人の心、影響力の最も強い業の心を変えることができなければ、プラス思考という道具を磨けば磨くほど、逆効果になってしまうわけです。

あなたはどの方法を選びますか

さて、出来事の捉え方やそれに対する反応の原因となる業の心に手を付けることの重要性を述べました。そして、頭にインプットして学ぶことでは、業の部分に影響を与えることはほとんど不可能に近いこともお話ししました。

「では、私たちは、どのようにすれば、この業に手を付けて、過去の記憶を透明にすることができるのでしょうか。

実際、この業に手を付けようと世界中でさまざまな手法が存在し、宗教や各種心理療法などで、心の浄化が試みられてきました。

その手法の例をあげると、
「過去を内観して、マイナスの記憶を、両親への感謝などをきっかけにプラスに転じる」
「催眠療法などを利用して、幼少時の記憶を呼び覚まし、癒す」
「過去世の記憶に原因を見つける」
「心理カウンセリングや様々なセラピー、ヒーリングなどで過去のマイナスの記憶を、一枚一枚薄皮を剥ぐように取り去り、またはプラスに転じ、深い境地を目指す」

というものなど、多種多様です。また、瞑想や座禅という手法もあります。

たしかに、いずれかの手法に取り組むことで心が癒されたり、忘れかけていた父母への感謝から、過去のトラウマがプラスに転じ、気分がよくなったり、心が洗練されたりと、その時は絶大な効果を感じられる場合もあります。

しかし、これらの手法は対症療法的な要素が多く、時間がたつと、また別のマイナスの心に支配されたりして、その場限りで終わるパターンが少なくないようです。

これら一つ一つの手法は、ちょうど真っ暗闇の広い部屋を懐中電灯で照らそうとしているようなものです。こちらを照らせば、あちらが暗く、あちらを照らそうと向きを変えると、今度はこちらが暗くなる、ということの連続で、その場しのぎなのです。

では、どうすればよいのでしょうか。

懐中電灯ではなく、スイッチひとつで暗闇を消し去る天井の照明のようなものがあったとしたらどうでしょうか。「もし、人間の心が頭と業の二層だけだったとしたら、人間として生まれたことは悲劇だったかもしれません。

しかし、二層構造になっているあなたの「頭」、そして「業」のさらに奥、心の1番奥にまったく別の心が存在しているのです。

この別の心についてはまた次回書かせていただきます。

※このコンテンツは当グループ代表佐藤康行著書「ダイヤモンドセルフ」をAilandgate特別版としてお届けしております。